ふらの牛乳プリン物語 第三話・最終話 牛乳プリン大ヒット
初めての物産展
ついに迎えた2002年9月24日。フラノデリスにとって初めての物産展が、広島三越で始まりました。このときはまだ実演ではなく、製品を送って販売は三越さんにおまかせするスタイル。しかし名もない北海道の洋菓子店の、瓶に入った不思議なプリンを本当にお客さんが買ってくれるのか?まったく予測がつかないままの出展です。
午前10時の開店。三越さんによると、お客さんはどんどんフラノデリスの前に並んでいき、あっと言う間に長~い行列が。あの日富良野で、僕の失敗したプリンを食べて「面白い!ぜひこれを物産展に出したい!」と即決したバイヤーさんの目は、確かだったことになります。催事場は2階だったのですが、行列はエスカレーターをぐるりと1周してさらに1階まで続いたそうです。
ここにテレビ局が取材に来たことでさらにお客さんがふえ、2本入り、3本入りと予め箱入りを用意してあったんですが、冷蔵庫に入れるひまがないほど、まさに「飛ぶように」売れました。
この物産展を皮切りに、九州でも火がつき、現在まで毎年出展している東京池袋の東武百貨店や大阪梅田の阪急百貨店ともお付き合いが始まります。
池袋東武で1日千本
ある日、今やカリスマバイヤーとして有名な池袋東武百貨店の内田さんが富良野に来ました。
「うちの物産展に出しませんか?」
と、濃い顔をして(笑…ごめんなさい)言うんです。正直、僕は最初あまり乗り気じゃなくて(またまたすみません!)、たぶん気のない言い方で聞いたんですね。
「何本くらい持って行けばいいものですか?」
「千本」
「1日で?」
「もちろんです」
広島三越で1日3~400本でしたから千本はすごい数。その本数の実感がつかめないまま、出展することになりました。そして実際に会場で売り始めてみたら、千本が28分で完売。東京の購買力にびっくりです。タイムがやけに細かいと思うでしょう?友だちがはかってくれていたんです(笑)。
さらに我ながら驚いたのは、このあと池袋東武で企画した「1日限定1万本」と銘打ったプリンの販売。1万本って…「限定」と言える数だろうか??などと思いながら頑張ってつくったのですが、しっかり1日で売り切れました。
この頃から、テレビ東京の番組「通販バトル」で紹介されるなど、テレビでの露出度も高くなっていきました。続いてナムコ社が主催する「プリン博」に出展して「キングオブスイーツ」に選ばれたりもしました。そしてそのプリン博で体験した、プリンや生ケーキの発送の難しさと、それを解決するさまざまな工夫が現在の通販展開につながっていくのです(このあたりの経緯は、「ドゥーブルフロマージュ物語」最終話に掲載)。
瓶入りプリンブーム
こうして瓶に入ったプリンは全国に広まり、今ではもう瓶入りが当たり前になりました。でも僕が最初にプリンを瓶でつくった頃は、周囲はみんな反対だったんですよ。富良野のお店では、
「持ち帰るのに重い」
「食べにくそう」
と不評で、1日数本しか売れない日もありました。
また同業者に話すと、どの会社からも
「瓶入り?ヘンじゃない?」
と言われたものです。今はその会社も瓶入りをつくっていますけどね(笑)。
でもこうしていろんなお店が瓶入りプリンをつくってくれるようになったのが、僕はすごくうれしいんです。だって、自分が富良野から発信したものが全国にブームを起こす経験なんて、一生に何度もできませんから。
その後、広島や東京の物産展で1日何百本、千本と売れているのが富良野にも伝わって、店でも瓶入りプリンが売れるようになりました。
プリンが通販できた
フラノデリスがプリンや生ケーキを発送するまでは、プリンを宅配便で送る洋菓子店はたぶんなかったと思います。当時菓子業界での通販には絶対条件があって、「日持ちがすること」と「壊れにくいこと」が常識でしたから。でも、人がつくった「固定観念」を打ち砕かなければ、新たな展開はないと僕は思いました。
「これからは地方から都市へ逆発信していく時代だ」
と確信していたので、ネット通販におけるよき前例になりたいと考えたのです。
瓶入りプリンを諦めなかったときもそうでしたが、
「みんなはこう考える、でも僕はこう考える」
と、自分の考えを信じて気持ちを盛り上げることが大事です。何をどう売っていくのか、経営者もスタッフも一緒になってしっかりと考えるのです。
僕とスタッフは、パッケージや外箱のつくりを考えたり、商品が到着したらすぐに食べてもらえるよう事前に配達日と時間を約束するなど、知恵を出し合って小さな工夫を積み重ねていきました。そうしてフラノデリスは、生菓子を新鮮なうちに崩さずに送った、おそらく最初の洋菓子店になったのです。
愛されて1千万本
プリンの人気が高まる中、工房に「プリン隊」(注:「プリン体」ではありません(笑))という専任チームをつくって、絶対にプリンを切らさないよう、そして早く確実に注文数がつくれるように体制を整えました。
生産本数が膨大になってくると、ちょっとした手間がものすごく大きく作業に影響してきます。逆に言えば、ひと手間減らすとぐんと効率が上がるわけです。
あるとき僕は、プリンをつくる工程を見ていて気付きました。大量につくる場合、プリン液は機械で瓶に注ぐのですが、充填したあとどうしても誤差が出るんですね。それを1本1本見ながらスタッフが、わずかに足りない瓶に手作業でプリン液を注ぎ加えているのです。ずっとそうしてきたのでみんな気付かないでいたのですが、これをなくせばスピードアップできるのは明らかです。
選んだのが、プリン液を予めシリンダーで90mlぴったりに計り、それを注ぐ方式の機械。導入後はずいぶん同業者が視察に来ていましたね。
そんな工夫やスタッフの頑張りで、「ふらの牛乳プリン」はフラノデリスの人気No.1商品として、開店した2001年春のデビューからこれまでに、約1千万本を出荷しています。
未来にわくわく
フラノデリスでは、日々いろんなことが起きます。もちろんいいことばかりではありません。でも、例のごとく僕は、
「あ、すぐに決まらないのは、何か理由があるんだな。何だろうな」
と考えます。
あまり歓迎できない出来事があっても
「よかったかも」
と考えるんです。そうするうちにいつの間にかいい結果になっているってこと、多いですよ。だから僕はいつも自然体。受け入れなければならないものは素直に受け入れます。すべてのものは自分の未来につながっていると思うからです。
今の夢は、このまちに来た人が「富良野を感じて」帰ってもらえるような店をつくること。空の広がりや、日が沈む様子…そうした富良野の自然をそのまま感じてもらいたい。余計な演出をしない、風や雨や光、あるいは静寂や闇など、ほんとうに自然だけでつくられた店です。
このことを想像したり、人に話したりするたび、僕はわくわくします。そして夢が膨らんで挑戦する力が湧いてくる。若いスタッフにも
「やったらやっただけのことが必ずある。頑張りはいつか自分のものになるよ。大きくなくてもいいから夢を持って進んで行こう」
と話しています。
さてさて。僕の夢はこれからどういう形で叶っていくのでしょうか。ときどきサイトなどでお話していこうと思います。これからもよろしくお願いします。お読みいただきありがとうございました。
藤田 美知男

